初めてのユタの家ー

2008年03月26日

ユタの方との初対面

家を新築してから、父の様子の異変が起こり、私が幽霊を見た事で
ユタの家に行く事になった、ユタの家に行く事は初めてで興味深々で
心はドキドキだった、
そのユタの方は70歳前後のおばあさんで睨みつけてるようで目が鋭どく、
初対面から、異様な空気で圧迫感を感じた。

まずユタの方が言った、「仏壇が3つみえるさー仏壇事なんだよー」と
(家には2つしかない)続けて、「何処かから何か?持ってきたねー」と
 
すると、2ヶ月前に近くの公園からレンギョの木をさし木をするつもりで
上の方だけ切って来た事を思い出し、
母はすぐ「その事を話し出した、ユタの方は「それさー」と
言った、私がお化けを見たのは、その公園の主だと言った。

その時は、お化けの事と、父の事しか頭に無く、そのユタの言う言葉を信じた
そして、対処方法として、火の神様と家の門と仏壇を拝む事となったのだがその
ユタの方が拝むのではなくて、拝む人は他にいた、
そのユタの方は判断だけ出して、拝むのは別の専属の人にさせているらしく
そのようなシステムになっていたのだ

結局私も拝みに同行する事になり、その拝む方の行動を観察していた
朝の10時にその方を迎えに行き、お昼には外食で食事をして、又家に帰り
午後の1時に終了というスケジュウルでした、

拝む人が凄くのろまで
終わってから、私は、母に「あの人頼むの止めたら」と言った、
すると、母は「親戚の長老の紹介で20年近くも頼んでいるし、
我が家の仏壇の事はあの人が良く知っているから出来ないと言った、
私は不信に思った。

親戚の長老は30年近くもそのユタに通っているらしく、
仏壇の家系はすでにばれていのただ

そして、解ったのである、
そのユタとその拝む方は母よりも我が家の家系や仏壇の事は良く知っていたのだ。

だから、仏壇が3つ見えるとか言えるのであった。
それから、そのユタの方へは、行くなと私は反対したが、
母はそれは出来ないと言って猛反対だった

しょうがなく、そのユタの家に何度か私も同行した

そして、何を拝んでいるのか?をメモを取り、記入していくようにした、
わからない言葉は本を買ってきて、調べたりした。

その日の拝みは、私が幽霊を見た原因である
公園から持ってきたレンギョの木を返す拝みと、
父ちゃんのまぶやーぐみー(魂を込める)の拝みでした。


水の神様

2008年03月26日

家を改善する時から、長嶺さんはしきりに「水の上に人は住めない」と、
「水の神様は居るよー水を汚したら大変だよー」と
水タンクを家の庭などに置いてあると「爆弾だよー」と言っていた。

以前に自然化粧品のアドバイザーの仕事をした事があり、
化粧品が出来上がる過程や中に含まれる指定成分や、
水に関しての勉強をした事を思い出した。

死んだ水は止まっていて、生きた水はいつも動いている
止まったものは腐れると言う事を思い出した。

人間の身体の三分の二は生体水であり、水(血液)である。
血液の循環がうまくいかず、止まってしまうと腐れるわけで、
その水をコントロールしている何かがあるに違いないと私は感じた。

その水の事ばかり考えて居るときに本屋さんで
見つけた本がある、「水は答えを知っている」「水からの伝言」である。

その本のを読んだ時に長嶺さんの言う、水の神様の存在を
通関したのだった。

一滴の水も水の結晶が違うと言う事をその本は写真を撮ることで証明している、
水に問いかけた言葉一つで、その水の結晶が変わるのです。

優しい言葉をかけると、綺麗な結晶を造り、汚い言葉をかけると
汚い結晶を造るのです。

まさに一滴の水でも生きているのだと感じました。



旧暦の二十日正月(はつか正月)

2008年02月26日

今日は二十日正月(はつか正月)
あの世の正月の終わりの日です。

旧暦の一月16日は(じゅうろくにちー)あの世の正月入りだった
我が家は、みーじゅうろくにちーで(去年亡くなった方の初めての正月)

大好きなおばーの初めて迎える正月で(100歳でした。)
沢山の人達が家に来て姿無きオバーと一緒に正月を迎えてくれた。

朝早くから墓へ行きオバーをウンチヶーして、家ではくゎちーを沢山作り
お客さんへ出すお膳の準備をして、とても忙しい一日だった。

地域によって、じゅうろくにちーは毎年盛大にするらしい。
あの世の正月と言う事で、オバーをはじめ父ちゃん、おじー御先祖さま方は
盛り上がっているだろうなーと想像をしながら、今日は御送りをした。







私の見解!長嶺伊佐雄という人物

2008年02月08日

長嶺伊佐雄と言う人物は、
心穏やかな方で優しく、強く、涙もろく、
凄く謙虚な方です!
違う角度から見た長嶺さんは、
医者であり、警察官であり(生きている人の悪い念を捕まえたり)
弁護士でも有り(仏様方の)
とてつもない心理学者であると私は実感してる!

長嶺さんは簡単に間取りを見ただけで、
其処に住む人達の心理状態を解明していく。
本当に凄い方です。

本当の幸せとは?財産・地位・名誉・智慧・健康・
人それぞれ違うのは当たり前ですが、
私は、智慧(悟り)だと実感しました。
智慧=心・だったんだ”と!

家相を改善した時から起こる出来事は、
健康を取り戻す事は基より、
目には見えない智慧の開発へと結びつくように
なっていたのでは!と理解してます。

長嶺さんに始めて家の家相を見てもらった時の事、
「頭から袋をかぶされた状態なんだよー!」と言っていた
言葉の意味が、今は理解できました。
無知で、何も見えてなかったんですね!

そして、長嶺さんは
とてつもない心理学者でもあるのだという事が、解ったのです!

現代医学でも原因不明とされている難病、奇病、癌、
精神障害、(うつ病、精神分裂症、アルコール依存症、すべての精神の病)
膠原病、白血病、アトピー、足腰の痛み、糖尿病、
異常な太り、子供が出来ない、生理痛、
その他、ありとあらゆる病気の原因を、
家の間取りを見ただけで原因を発見、指摘し、
家相を改善して完治へと結果を出して来ている方です。

家の改装は目に見えて解りますが、
昔の土地の様子や地中深くの様子を見通す事が出来る方
大きな水タンクの中も見通してました(汚れ具合)

家の間取りを見ただけで、土地の汚れている場所を指摘し
その家に住む人の性格や、
病人や、精神までを見抜き、長嶺さんの指摘どうりに
改善しただけで、難病が治り、病院から生還した方が沢山いる
病院の先生方も沢山おとづれている

長嶺さんが原因を探し結果を出してきた実例、過程を、
私が体験した範囲で書き綴って行きます。

宇宙の大自然の神様とコンタクトを取っているような、長嶺さん!
本に書いてある長嶺さんよりも、
もっともっと凄い力を持った方なんですよ!
謙虚な方だから、人前に出ようとしない!

私は長嶺伊佐雄という人物を早く世の中へ出したいと強く願っている。
長嶺伊佐雄と言う人物この世の救世主だと私は実感しています。


今日は旧正月初拝み

2008年02月08日

今日は旧正月!旧暦の一月一日
小学校低学年の頃は、旧正月が来るのが待ちどうしくて楽しみだった。
童謡に「もう~いくつ寝るとーお正月」とあるが、そんな気分だった。
学校も休みで、着物を着てオバーと親戚周りをするのが嬉しくて、
一番はお年玉をもらう事が楽しみだった。
でも、いつの間にか旧正月も活気が無くなり忘れ去られ、新正月へと移行した

しかし、我が家は、仏様と土地屋敷の神様へのお礼と報告は忘れずに行っている。
今日は初拝みを母と二人で行った。
火の神様、土地屋敷の四隅の神様、しびらんかの神様、門の神様、フールの神様方へ
去年一年間お世話になったお礼と、念頭のあいさつ家族の健康祈願をした。
数年前まで母は、ユタの方にお願いしていたらしく、
家相を改装してから長嶺さんに教えてもらい
自分達ですべて行うようになった。

家相を改装した時に長嶺さんは、「人に頼むよりも家族が心を込めてやる方が
何十倍も神様方や仏様は喜ぶよー」と言っていた。
カミングヮの本の後半の方に、拝み方を書いてある。
最初に本を見た時にビックリした、拝み方を教える本があったのだと!

今日は、初拝みをしたせいか清々しい気分でスッキリ!
今度からは、画像も付け足したいと思ってる。
旧暦の三月には屋敷の拝みがあるのでその時。








昔の家

2008年02月06日

      昔の家の家相、家族の様子
 
私が産まれ育った昔の家は、平屋で沖縄伝統の赤瓦屋根
真東の方向に井戸があり戦後作られ近所の人達の生活用水として
使用されていたらしく水を汲みに毎日沢山の人達が集まって来ていたらしい。

井戸が東にある事でなのか?水物(台所、風呂場)はすべて東にあり、
カミングヮの家相で判断すると、人間の頭の部分に水物が集中していた
水を使う場所はお尻の部分に当たる西北が正しく
身体の汚れ物工場の役割を果たす大切な部分が丸反対
(母が腎臓の機能が低下して病院通いだった。)

その後水道設備が整うようになり井戸を使う必要も無くなり
その井戸にフタをして長年放置
トイレは離れ、南北の角の方向で汲み取りのトイレ
仏間の下は昔の家畜小屋の跡地で、凄く汚れていた
地中深く三メール位掘った時に
真っ黒く臭い土が2トントラックの9台分出てきたのです。

一番大事な事ですが、少しの匂いの取り残しも、許されないのです。
(がん細胞を取り残した様な事と同じ)
掘り起こす時長嶺さんは凄く慎重に警戒してました
如何してか?と聞くと
「取り残しが有った場合は、再発する」と業者の方に長嶺さんは
もし「取り残しが有った場合は、無償でやり直しだよー
慎重にお願いしますね」と言っていた!

家を新築する前から土地は地中深く汚れていた訳で、
長嶺さんは図面を見るなり
「昔は豚小屋がこの当たりにあったよー
昔の土地の持ち主は苦労しているよー」と言ってました。
私はすぐに昔の土地の様子を調べました、
すると隣近所の土地一帯持ち主は同じ人で
家畜小屋を大きく取っていたようです。

その時の家族の様子は父はアルコール依存で
(隣近所殆どが酒飲みだったようです)
おばさんは手が荒れていた様で、洗い物をする時は
いつも手袋をしていたのを覚えてます。
おじーは咳がひどく慢性の気管支炎だと言っていた
耳鼻科にも通院していて何度か私が連れて行った事がある。

父は毎夜のように酒を飲んでは家族中起こして
オジーと喧嘩ばかりの毎日だった。
その頃は大家族で、私が小学校低学年の頃
おじーの家族が出て行き別居となり
凄く悲しい思いをしました。

おじーの家族が居なくなってからも
毎日のように島酒を飲むのが父の習慣で説教ばかりで
中学の頃は殺したくなるぐらい嫌な父親と思った時もあった。

家が古くなればなる程、知らせ事は強くなるらしく
それから、15年後台所を改築することになり、
本家と繫いで台所をそのまま東の方向へ造り
二階にトイレと部屋を増築トイレが二つになりフタをしていた井戸も
洗濯水としてポンプで吸い上げ使用、
もっと最悪な家相になったのです。

その頃私は早くに結婚し嫁いでました。
家相を改善して後、
長嶺さんは「家相を治さないで嫁いだ場合は、同じ所に嫁ぐ」と
家畜小屋があった場合は、そのまま「家畜も一緒に持っていくよー」と

すると、嫁いだ家の様子を思い浮かべたら、
まさしく同じ位地に井戸があり
付き合って4年結婚して5年で離婚し、又この家に帰ってきたのです。
それから、今度は私と母が喧嘩ばかり、母の口癖は「出て行けー」で、
喧嘩しては出て行きを、繰り返してました。

その後、平成12年に家を取り壊し新築する事になったのです。
二階建てで、台所は中央に大きく、洗面所が東より風呂場を大きく取り
二階の東側にトイレ最悪の新築でした。
私と父の咳込みが止まらず一年近くも続いた(病院では風邪と診断)

新築する事が決まった時母と大喧嘩をして又、出て行く事になり
その時父は、「帰っておいでー家族なんだよー」と追いかけてきましたが、
私は「母が居なくなれば、帰るさー」と
きつく悪い言葉を父に言い残し出て行きました
父に対して悪いことをしたと後悔してます。

家を壊す前日父は、暗く何も無い仏間の前で
一人腰掛に座りなごりおしそうにしてました、寂しそうな感じがしました。
それから、家が完成し入居したその日、父の様子の異変があった
玄関から中へ入ろうとせず「この家は自分の家ではない
今すぐ自分をアパートへ連れて行ってくれ」と私に何度も訴えていた。

その頃は父の言葉の意味、行動が理解できず母とユタの家へ行った
すると「新築する時に、良い日も取らずに造ったからさーと
一番悪いのは、仏壇事なのだよ」とユタの人は言った。

長嶺さんは暦上の良い日、悪い日と言うのは無い
在るのは、潮のみちひきと、月の関係だと!(旧暦)
物質主義の世の中、すべての人に平等に与えられてる、
(土、水、火、風)自分の目の前に在る、目には見えない幸せ、存在
に気づいて欲しいものです。
しかし、基本は土地を浄化し家相をちゃんとした位置へ移動する事だと思います。
アンテナやチャンネルが合わないと、テレビやラジオが映らない、聞こえない様な事と
同じような事ではないのかなーと思うのです。



ユタ依存症の始まり

2007年10月09日

沖縄といえば、先祖崇拝!仏壇も、お墓も本土と比べると独特です。長男で本家ともなると、代々受け継がれていく仏壇はすごく立派で、守って下さるご先祖様が大勢います。
長男直系以外のご先祖様は、次男三男と分家した方々に持分として、仏壇を分離するのですが、そこでユタの方の登場です!

私の家も仏壇事で、おじーの代からすると50年近く、大変な年月とお金を掛けてユタの方に頼っていたらしく、おじーはユタの方に言われた通りに、仏壇を2つに分けて、他から1個の大きな仏壇を持ってきたのです!あれから30年
我が家の仏壇は大きいのが二つになったのだった!

しかし、長嶺さんのお陰で今は違う!詳しくは次回へ!

家を新築してすぐ、父は35年勤めた仕事の定年退職を迎えた、これからのんびり出来ると喜んだはずだったが、父の行動や様子がおかしくなり出した。

新築した家に入居する日に、父は門の外で家に向かい、しゃがみ込んでなにやら考え込んでいた、其処へ私が来たのでビックリして立ち上がったのだが、家のドアから入ろうとせず、「この家は自分の家ではないから私のアパートへ連れて行ってくれと」しきりに言っていた。

今だから何故だったのか?という事が解る!

母は家に居る事が無く、朝になると毎日の様に嫁いだ妹の家に入りびたりで、夕方帰って来る始末、その間父は一人ぽっちで、夕方電気もつけずに一人で考え込んでいた。

その頃私はアパートぐらしで、その日の夜、夢なのか何なのか?私が寝ている目の前30センチ位の位置から、私の顔を覗いている女の人がいたのです。一度は目を覚まし何?と思い、又寝た瞬間、同じ女の人が覗いているではないか、その時はビックリして幽霊だと思いすぐに電気をつけて、頭までタオルケットをかぶり寝た。

その事を母に話すと、父の事もあり、ユタの家に一緒に行く事になった、それからがユタ依存症の始まりです。

ユタの方が言った!
「仏壇が3つ見えるよ!仏壇のせいで、私と父は迷っているさー」とそれから、朝早くから拝みに付き合わされる事となり、行くたびにメモを取るようにした。

父はユタ嫌いでした、そんな父が家計図を出してきて私に渡した、それから、父の様態が急変しあっという間に亡くなってしまったのです。

病院へ入院して10日目で亡くなりました、その時の様子も次回へ!

それからが、本当のユタ依存症です、家計図を頼りに親戚中の仏壇を確かめて歩き、長老の方々から昔の様子をテープに吹き込み、遠く那覇の小録まで、先祖を探しての拝みに行った時の事、何かおかしい、一体いつまで続くのだろうか?と感じ始めた、丁度父が亡くなり、2年半が過ぎてました!

その間使ったお金は300万近くになっていた!

ユタの方は、次から次へと色々な事を拝みに結び付ける始末!

すると解った事が私が生きている間にこの仏壇の拝みは終わりそうに無いという事だっだ!
それからは、ユタ依存症から脱皮!すると解決へと結びつけるような人達を呼び寄せるようになり、カミングヮの著者長嶺さんへとたどりついたのでした。
原因は自分達の足元にあったのですから!(土地、屋敷)

沖縄の人達は仏壇事は怖がりますが、ご先祖様は、子孫を祟ったり、傷つけたりは絶対にしないという事が解りました。

その代り、見守ってくれるという事も!


家相との出会い

2007年10月06日

家相との出会いは、五年前、本屋さんで何気なく手にした、一冊の本!その家相の本が家族を救ってくれました

先祖代々に渡り土地、屋敷が悪く家族に及ぼした現象や、
改善した後の出来事等、色々な発見がありました。

悪い家相が{土地の汚れ(現に地中深くあった、大昔のトイレの糞尿)、間取りの位置が悪く(火、水、トイレ、床の間)}
心や身体に大変な影響を及ぼしている事を、一人でも多くの方に、知っもらい、解ってもえらい

早く!気づいてもらいたく、私が体験した不思議な出来事を、書き綴ります。是非、本を読んで見てください!
これから書いていく、内容が理解しやすいと思います。本のタイトルは「沖縄の家相カミングヮ」。
沖縄の家相とあるので、沖縄だけに適用なのか?と勘違いする方も居るとおもいます、私もそうでしたから!
地球の北半球すべてに適用するようです、著者の長嶺さん本当に凄い方です。

今の世の中の救世主だと私は感じてます。



まず、始まりから!

2007年08月15日

 今から七年前にさかのぼり、体験談を書いて行きます。
何故七年前かと言うと、私の父は七年前の、
11月6日に69歳の若さでこの世を去りました。

 私の不思議体験が始まったのは家を新築してから、父が亡くなる半年前からの事である。
今だから解る事は、新築してからではなく、すでに私が生まれる前から
おじいさんの代から、始まっていたのだという事!

 沖縄といえば、先祖崇拝!私の家にも沢山のご先祖様がいらっしゃいます!
父から数えたら、七代のご先祖様がいて、父が健在の時は、位牌の存在すら
気にした事も無く、戒名で書かれた名前は誰なのかもピンと来ない感じでした。

 そんな私が、父が亡くなったとたん、動き始めました。
仏壇に大きな位牌が二つもあり、どちらの方に入れればよいか?
全然、解りませんでした。

 人が亡くなるとユタの方を頼むのが慣わしで、家にも専属のユタの方が
いました、母と一緒に私も運転手をしながら、付き添って行くようになり、
何かがおかしいと、感じはじめたのです。

次回に続く~